ようやくPCに向かう事ができるようになりました。
早々に大勢の方から、ご心配やら励ましのコメントをいただき、、、
本当にありがとうございました。。。。。
この場をお借りし、、、御礼申し上げます。。。。。
あの悪夢のように襲い掛かった、、、、大地震と大津波・・・・・・・・
未だ安否確認の出来ない方達の多い事・・・・・・・
震災から5日振りに電気が通り、、、
TVで見た被災地の光景に戦慄が走りました。。。。。
今となっては、、、ただただ、ひたすら、、、一人でも多くの命が、、、
救助隊や救援隊によって救われる事を祈るだけです。。。。。
我が家は、お陰さまで津波の被害地から2~3キロ離れた場所に位置しております。
大事には至らず、避難所に行くことも無く、、、
今も、近隣の方達と助け合いながら過ごしております。
地震発生時は、近所の五家族が我が家に避難し、、、
肩を寄せ合い2泊、3泊する方達と過ごしました。
その方達の殆んどが、、、
生後1か月、そして2~3歳児のお子さん達を抱えた若い方達。。。。。。
ご主人が仕事に出かけたまま、、、中々連絡も取れず不安の数日を過ごしました。
そして、2日後・・・・・3日後・・・・・
一人、二人、、、、また一人、、、と、、、
やっとのおもいで帰宅した若いパパさん達との涙の再会・・・・・・・
まるで、ドラマのシーンを見てるような光景でした。。。。。。
ライフラインに関しては、未だ断水が続き、、、
車で10分ほど離れた親戚から毎日のように飲み水を戴きに・・・・・・
そして電気、ガス(LP)は復旧したものの、、、
ガソリン、灯油等々が中々思うように供給されず、、、
5~10時間並んでやっと20リットルのガソリンを・・・・・・・・
孤立状態の被災地では今も寒さと飢えに苦しんでいるはず・・・・・・・
食料を求める人々は、、、スーパーの前で何時間も並んでのお買い物・・・・・・
挙句に人数制限、購入数の制限が加わっての入店となる始末・・・・・・
そんな状況下に置かれる私達のもとに、、、
遠く離れたパパさんの実家から2トントラックで、、、
孫達のオムツや食料を、、、必死の思いで運んできてくれました。。。。。
その他、日本各地に散っている主人の同僚たちが、、、
食料や日用雑貨を何度も送ってくれて・・・・・・・・・
被災地とはいえ、、、お陰で、あまり不自由する事無く、、、、
我が斑、19世帯の仲間達と共に無事過ごせております。。。。。
人の温かさを感じる機会にしては、、、
あまりにも悲しい犠牲の上にたつ経験となりました。。。。。。
今回の、、、、東北地方太平洋沖地震・・・・・・・
1000年に一度と言われる、、、未曾有の大惨事・・・・・・
被災者は日毎に数を増すばかり・・・・・・・・
親戚にも、、、2名が死亡、3名が未だ行方不明の状態が続き、、、
安否確認もできずにおります。。。。。
季節は”春”なのに・・・・・・・・
何時になったら、、、本当の春が訪れるのでしょうか。。。。。。。。
心底、春と感じられる、、、
そんな季節が何時の日か訪れる事を祈りながら・・・・・・・・
宮城の復興に向け、、、微力ながらも、、、
ささやかなボランティア活動に励む毎日です。。。。。。
ブログ更新は、、、この地域のライフラインが完全復旧するまで、、、
今しばらく、お休みさせていただこうと思っております。。。。。。
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